(whimsic)

whimsic



whimsicはESŐを拠点に2024年12月からスタートした東京在住、石川生まれのdiscopantsによるレギュラーパーティ。「whimsical」をテーマに、固定された文脈に縛られることなく、その場に集う人々と音楽の関係性から一夜の空気が立ち上がっていくことを重視している。

ベルリンよりMr. Lee from Opal Sunn、CYKメンバーでレコードショップLighthouse RecordsのDNG、80年代後半から日本のアンダーグラウンドシーンを牽引してきたMOODMANらとともにローカルアクトたちを交えたブッキングは、話題性よりも実直に音楽性を重視し、毎回異なる表情を持ちながらも、一貫したグルーヴと熱量が保たれることが象徴的。ESŐの音響空間の中で、踊ること、聴くこと、ただその場に身を置くことが等価に成立し、それぞれの解釈が尊重されている。

12月27日(土)に開催される今年最後のwhimsicでは、大阪のnewtone recordsのバイヤーとしても知られるYAMA、CYK随一の純度の高いエネルギーをフロアに落とし込むKotsu、福井在住でヒップホップをルーツにしながら、それにとらわれない多様なダンスミュージックをプレイするzomie、そしてdiscopantsの4名によって開催される。

それに先立ち、今回実施された問いにYAMA、Kotsu、zomieが答えた。

① 2025年を振り返って。この一年は、ご自身にとってどんな時間でしたか。活動や感覚の変化なども含めて、今の率直な実感を聞かせてください。

YAMA…2025年は今までで一番たくさんDJした一年でした。様々なパーティでプレイする事が出来たし、ダンスフロアを通して生まれる新しい出会いと繋がりが、どんどん広がっていく感じが本当に嬉しくて充実した一年でした。

Kostsu…今年は例年に比べゆとりのある1年間ではあるように感じています。一つ一つのギグを丁寧にやりつつ30代への突入をポジティブに昇華した印象です。

zomie…2025年はライフステージの変化を感じる年でした。2024年よりもDJのペースは落ちたけど、それはそれで自分の生き方について考えれたので良かったかも。福井に住みながら、やりたいスタイルは継続できているし、自分も納得している。うまく自分と付き合いながら、音楽を続けていきたいなとより一層思った年でした。

② 今年は数多くのパーティーや野外フェスに出演されていましたが特に記憶に残っている場や瞬間があれば教えてください。その理由もあわせて聞けるとうれしいです。

YAMA…それぞれが本当に濃くて印象深かったパーティはたくさんあります、中でも初めてのヨーロッパ ロンドンfebricでプレイ出来た事や、先日のWONDERFRUITでも、今までに見たことのない景色を見入ることが出来て特別な体験となりました。

Kostu…今年は特にバンドサウンドに再び惹かれた気がしています。特に11月頭の千葉県某場所にて行われた廃墟プールでのイベントでは7時にメインフロアで私とkasetakumiとのクロージングセットを終え、直後屋上にて始まった野流のライブ。熱を帯びた聴衆のエネルギーを天に放つようなその様に神的なムードを感じました。それがクラブミュージックの連綿の先にあったのも大事な部分かなと。

zomie…ESŐでのRINAのパーティかなぁ?遊びちぎった感がありました。あとはESŐの周年かな。人々のパワーがすごかったし、未来を感じたので!

③ 今年の自分を象徴すると感じる一曲、または現場で何度もかけた印象的な一曲を挙げるとしたら、どの曲でしょうか。

YAMA…Dikka – Subjective Experience EP。Tech Houseからちょっとトライバル感をプラスさせたい時によく使ったEPです。スウェーデンのDirty Handsレーベルはミニマル等もリリースしていて、今年色々かけさせてもらいました。

Kostu…Opal SunnのElastic (Phase Ⅱ) 。今年はよりダブの影響が大きく。パーティーの最後によくかけました。

zomie…Felipe Gordon – No Words (Byron The Aquarius Dub mix) もしくはSpencer FM – Alpenglow。現場ではそこまでかけていないけど、どちらも心地よくて家でたくさん聴いた曲です。

④ 大小さまざまな場所でプレイされる中で日本のクラブ、とりわけ地方の会場には土地ごとの空気や個性があると思います。各地でプレイする際に、意識していることや大切にしている感覚があれば教えてください。

YAMA…一緒に出演する皆さんのプレイも聴いて刺激を受ける事も多かったりします。センスある人や上手なDJさんがたくさんいます。あとは地方関係なくなるべく、各パーティ可能な限りオープンから最後音が止まるまで会場にいる事。

Kostu…会場に行く前の事前準備はもちろんですが、パーティー中の会話やそのフロー、リアクション、顔つきもヒントになったりしています。

zomie…なるべく多くの人と挨拶を交わすようにして、現地の人と会話をして、この場所が普段からここでどんな存在であるのかをある程度自分なりに咀嚼してからDJに臨みます。

⑤ 少し視点を変えて。クラブで純粋に遊ぶ側としているとき、フロアのどのあたりに居ることが多いですか。自分なりの居心地のいい過ごし方や暗黙のルールがあればぜひ。

YAMA…フロアにいる時は真ん中の音の一番良い場所に自然といる事が多いです。

Kostu…バーカンの、スタッフ出入り口(笑)ほんと邪魔だと思うんだけどなんでか…。俯瞰できる感じも好きな部分です。逆に、スピーカー前はあんまりなくなった。人々が空間に居て音が鳴ってる状態を後ろ側からシネマティックに切り取るのが好きなのかも?

zomie…斜め両サイドでDJの近距離、もしくは遠めの真正面かな?あとは今この音量で聴きたいっていう気分でウロウロ微調整します(笑)自分の暗黙のルールというか、フロアにいる時はあまり何も考えないようにしてます。

⑥ 音楽を掘るときについて。集中しやすい時間帯や環境など、自分の中で決めていることはありますか。また、「今日は良い出会いがありそうだ」と感じる瞬間や条件があれば教えてください。

YAMA…昔は夜中が集中しやすかったけど、今は家族の関係もあって自分の時間が取れる午前中から夕方までの時間に集中してやっています。その日によってノリノリで掘れる時もあるし、いまいちな時もあるし…どんな条件で違いが出るのか私もいまいち分かっていないですが、ローチョコや高カカオのチョコを食べると集中しやすい気がしてます。

Kostu…移動中が結構多いかも?ダンスミュージックをシリアスに集中して聴くのも悪くないけど、普段ダンスフロアでは音楽以外の事も同時に起きてて。移動中はそういった意味で、景色変わったりetc 気が散る要素が絶え間なく起きているのがフロアと近しいなとも。でもマジやばい曲見つけるとのめり込んで降りる駅乗り過ごしたりもする(笑)

zomie…特になくて、空いた時間でやっています。でも毎日ちょっとずつではなくて夜に長時間まとめてやることが多いかも。基本的には単純にとりあえず聞いて好みの曲を買うだけだけど、たまに視聴した瞬間にフロアで人々(結構具体的に誰とか)が踊っている情景が浮かぶことがあります。そしたらその日はそれを軸にトントン進むことが多いので、出会いに感謝!ってなります。

⑦ 最後に。来年はどんな一年にしたいと考えていますか。音楽の話に限らず、今描いているイメージがあれば聞かせてください。

YAMA…引き続きどんどん活動していきたいです。海外ギグも更に増えていったらいいなと思っています。

Kotsu…CYK10周年!

zomie…来年は私生活の環境を整えて、より自然な生活をしたいです。広々した土地の家に引っ越したので、音楽以外にも家や庭の手入れとかやりたい事がいっぱいあります。DJでも私生活でも、古き良きと新しさのハイブリッドミックスをさらに楽しみたいと思っています。

-Biography-

YAMA
‘94年よりDJ活動を開始。90年代最先端レコードショップの一つであったDMR大阪での勤務後、大阪のレコードパワースポットnewtone recordsでオープン時からバイヤーとして活躍し、現在もスタッフとして在席している。20~21世紀移行前後にEYEとの大阪伝説のパーティー『eep』をオーガナイズ、日本のパーティシーンに大きな衝撃を与え語り継がれる『FLOWER OF LIFE』のメンバーでもあった。安定のグルーヴ感でフロアをロックするその技に高い評価を得ている。ハウスミュージックの聖地として名高い札幌PRECIOUS HALLでのプレイや、FUTURE TERRORといったテクノ・パーティにもゲスト出演、また各地野外パーティにも数多く出演する。ベトナム、香港、韓国など、アジアのアンダーグラウンドシーンでのプレイも高評価を得、今年はロンドン fabricでのプレイでも大成果を上げた。
ハウス〜テクノ〜ブレイクビーツといったダンスミュージックを主に、その他出演するパーティのスタイルは様々で、エクスペリメンタル〜チルアウト〜ジャズ….等ジャンルを飛び越え縦横無尽に、その場の雰囲気を意識しつつも「好きな音」をプレイし続けている。

Kotsu (CYK / UNTITLED)
1995年千葉県市川市生まれ。
ハウス・ミュージック・コレクティブ『CYK』のメンバーであり、ソロにおいても国内外で多くのギグを重ねている。’20年9月に京都へ拠点を移し、25年までに国内29都市、海外8都市でプレイ。ダンスミュージック及びクラビングにおけるピュア・エナジーを全国規模で放出し続けている。2023年に渋谷WWW X、24年には全国5都市でオールナイトロングセットを敢行した。
数々のアップカミングなDJ/プロデューサーを海外から招聘してきたCYKは、日本のみならず韓国や香港などのクラブや「Rainbow Disco Club」、「FUJI ROCK」などのフェスティバルにもラインナップされている。
またグラフィックデザインやZINEの製作を行うなどあらゆるフォーマットでアウトプットを行なっている。”DJ”という肩書きに依拠せず活動する彼は、この時代に投下された一種の吸収体による純粋な反応に過ぎない。

zomie
北陸、福井を拠点とする。18歳の頃ターンテーブルに触れる。DJを始めるきっかけとなったHiphop、Black musicを軸に音楽の枠に囚われない多様なダンスミュージックを選曲。自らの感性を頼りに音楽を探し続け、日々変化を続けている。