DJ SOTOFETT & LNS
DJ SOTOFETTは、現代の電子音楽において最も特異な立ち位置を占めるアーティスト。ノルウェーの港町モスを拠点に、DIY精神と共同体の記憶を音に刻み続ける実践者。彼の活動は、クラブカルチャーの外縁に生まれる独立したエコシステム。形式よりも関係を、完成よりも過程を重んじる思想の体現。
弟のFett Burgerと共に始動した〈Sex Tags Mania〉は、ヨーロッパのアンダーグラウンドにおける象徴的な拠点。そこから派生する〈Wania〉〈Sex Tags Amfibia〉〈Tropical House〉などのレーベル群は、単なるサブラインではなく、異なる音の倫理を探るための実験場。Dubの空間性、Technoの構築性、レゲエやアフロの身体性。どの作品も、形式よりも環境としての「音のあり方」を問う試み。リリースは散発的で、印刷の粗さや盤の歪みすらも美学として受け入れる一貫した姿勢。完璧を拒み、現実をそのまま記録する方法。
〈Wania〉では特に、リズムの解体と再編が顕著に表れる。アシッドラインとブロークンパターンが呼吸のように入れ替わり、ノルウェーの冷たい空気の中に熱を生む。
*Mystica Tribe – DJ Sotofett’s Dub Ash Mixes (SOLAR11)
〈Amfibia〉ではDubやスピリチュアル・ジャズの要素を通じ、サウンドシステム文化と北欧の孤独を接続する試み。
*Tapes & DJ Sotofett – Topp Tonn [AMFIBIA16]
Sotofettはジャンルを横断するのではなく、ジャンルそのものを音の状態として再解釈する。レーベル群全体が、一つの地図のように機能する音の集合体。
彼のレコードは安価で売られる。限定盤でもなく、希少性を煽ることもない。そこには、音楽を市場の尺度で計らない明確な意志。レコードは商品ではなく、共有の媒体。リスナーが購入するという行為そのものが、共同体の維持に寄与する小さな行動。音の価値を貨幣ではなく関係性の中に置く経済感覚。Sotofettのディストリビューションは、反資本的というよりも、人間的。人の手から手へと渡されるアナログの温度。
彼のDJセットもまた、構築というより生態系の循環に近い。Dubの残響、Tresorのレジデントでもあることが証明するTechnoの推進力、ハウスの高揚、レゲエの重心がゆるやかに入れ替わる流れ。時間が溶け、音が空間の重力を変えていく瞬間。そこにあるのはジャンルの解体ではなく、聴くことと踊ることの同義化。SOTOFETTにとってクラブは消費の場ではなく、共鳴と観察の場。現場そのものを生成するための実験室。
*DJ SOTOFETT – 14/11/2025 : RESONANCE OF DUB @ forestlimit TOKYO
DIYという言葉は、彼の活動において手段ではなく哲学。録音、プレス、アートワーク、配布。全ての過程を自分の手で担い、音楽を再生産のシステムに委ねない独立の実践。誤差や不均衡を含んだまま成り立つ美しさ。そこにあるのは、効率を拒むことで立ち上がる誠実さ。完璧を志向しないことが、最もラディカルな美学。
DubやTechnoといった言葉は、彼の音楽において象徴ではなく文法。空間を編集する手段であり、時間を彫刻する感覚装置。音響の層とリズムの間隙に、人と社会の距離を測る触媒。Sotofettの作品を聴くことは、音を通じて構造そのものに触れる行為。アナログという不完全な物質を通じて、記録と再生を越える瞬間。
*SO-PHAT-MIXES-37: DJ Sotofett – Live @ Globus/Tresor, Berlin (2025-09-27) PART 1
彼が築いてきたのは、音楽を聴く文化から、音楽に「関わる」文化への転換。レーベルはネットワーク、レコードは記録、DJは媒介。どの行為も、社会の片隅に生まれる小さな自治のかたち。都市と地方、資本と余白、テクノロジーと手仕事のはざまで進める静かな実践。

バンクーバー出身のプロデューサー、DJであるLNSは、近年のエレクトロニック・ミュージックにおいて特異な実践を続ける人物。クラブミュージックの構造を継承しながら、その文法を静かに更新する方法論。速度や強度よりも、配置と間合いに意識を置いた設計。聴覚上の密度を操作する作曲家としての精度。
LNSの活動を語るうえで、DJ SOTOFETTとの協働は避けて通れない。両者の関係は師弟でも従属でもなく、独立した方法論の交差として位置づけられる。Sotofettが文化的記憶や共同体を主題に置き、ローファイで有機的な編集を試みるのに対し、LNSは音響処理の均衡や空間的明度に重きを置く。彼女の作品は、構造と感覚のバランスを取るための設計図として機能する。共作においても、LNSのアプローチはSOTOFETTの粗密なテクスチャを補完し、異なる精度、そして彩度を導入する役割を果たす。
〈Wania〉や〈Sex Tags Amfibia〉からのリリースでは、LNSのシーケンスがリズム構造の中心に据えられ、ミックスやマスタリングの段階でSotofettによる再編集が加わる。その結果として生まれる音は、ジャンル的な分類を拒む中間的な領域。テクノ、エレクトロ、ブレイクビート、アンビエントが同一線上に並ぶ構成は意図的な均質化ではなく、音響要素の位置関係によって自然に導かれる統一感。
LNSのソロ作品においても、その設計思想は一貫している。過度な装飾を避け、音の輪郭を保ったまま微細な変化を重ねるプロダクション。機材の選択にも機能性が優先され、シンセサイザーやドラムマシンが演出ではなく構造の一部として扱われる。反復の中でリズムがわずかに揺らぐことにより、無機的な空間に微細な人間的要素が差し込まれる。音楽的感情表現ではなく、構造の内部で生じる変化の観察。
*LNS – Recons One
Sotofettとの共作において、両者の違いは明確である。Sotofettはアナログ的な不確定性を重視し、現場の時間を作品に転写する。一方、LNSは制作の過程を制御し、再現性を保つ。彼の方法が社会的文脈を内包するのに対し、彼女の方法は純粋に音響的。結果として両者の作品は、異なる哲学に基づく二つの実践が並走する記録として成立する、音楽そのものの範囲を拡張する共同作業。
*LNS & DJ Sotofett – El Dubbing
*LNS & DJ Sotofett – Airwaves [WANIAMK4]
*LNS & DJ Sotofett – ClickClickClick
LNSのDJは、構成の明確さと流れの一貫性に特徴がある。トラックの選択は主張的ではなく、全体の温度を一定に保つ設計。音圧の変化ではなく、音域と空間の配置によって展開をつくる手法。テクノ、IDM、ブロークン・リズムなど、異なる文脈の音楽を同一の音響密度に揃える調整力。ジャンルを横断するのではなく、すべてを同一の聴覚的枠組みの中に再配置する構築性。
*Trushmix 224 – LNS
LNSという存在は、クラブ・カルチャー以後の電子音楽における「客観性」の更新。作者の意図や物語を削ぎ落としたうえで成立する音の構造であり、機能性と美学の交点にある現代的な精度。

2025年のSOTOFETTとLNSのジャパンツアーがスタート。金沢は11/8(土)にFixed TapesによるLA DI DA DIのサポートで開催される。昨年の彼らのツアーでの音源はこちら。
*LNS & DJ SOTOFETT : スパッターズ日本ツアー / Sputters Japan Tour 2024
SOTOFETTの来日ツアーの多くは、特別なヴァイナルのリリースに彩られており、今年はLNS & DJ Sotofett meets Ekowmania によるスペシャルエディション7インチが各ベニューにて1000円で販売される。
